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​人懐っこい笑顔に秘めた
飽くなき向上心

初対面とは思えない人懐っこさ

お洒落なロングスカートにかかとの高いブーツを履き、銀座一丁目駅の階段を上がってきた遊佐さん。足もと、大丈夫ですか?

「チビだから、高いヒールを履かないとスカートが地面についちゃうの」

と恥ずかしそうに笑う姿が何とも愛くるしい。

 

仕事が休みにも関わらず、撮影取材を受けてくれた彼女は、行きたいお店があるという。休日は、よく銀座に来るのですか?どんなお店ですか?と尋ねると、

「銀座は、たまに来ますが方向がよく分からなくって、いつもキョロキョロしてます・・・」

確かに、到着時、キョロキョロしていた姿も可愛かった。

そして、「お店は、お客様が薦めてくれた、かき氷がとっても美味しいお店で、ずっと行きたかったんです!」

と無邪気に笑う。可愛すぎる!

 

お店まで自由に歩き、笑い、話す遊佐さんを撮影した。

到着する頃には、初対面だということを忘れてしまうほどの人懐っこさ。

お店に到着し、お目当てのかき氷を注文。器には山盛りのふわふわかき氷とたっぷりのブドウ。目の前に置かれると、遊佐さんは子供のようにはしゃぎ、少しだけ器を動かした。

と、その瞬間、山盛りの部分(内容量からいえばほぼ半分)がテーブルに落下。 ・・・。 

まるで漫画に出てくるシーンのように遊佐さんは固まり、悲しそうな目で見つめている。お店の方が新しいかき氷を作りなおしてくれて、また笑顔に。

そして、スマホで撮影し、ニコニコしながらメッセージを打っている。

「お店を紹介してくださったお客様に、いち早く報告したくて」

と。

 

やることなすこと何もかもが可愛い。

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​愛されて育った末っ子

実家は東京都八王子の街中だったが、神奈川県との県境にはミシュランにも指定された高尾山があり、都会にいながら自然豊かな環境で育った。

 

父方の祖父母と両親、兄と姉、末っ子の遊佐さんで暮らしていた。両親が共働きだったので、祖父母によく面倒をみてもらったという。そして、年の離れた兄と姉、さらに母方の祖父母、両方の叔父叔母にも可愛がってもらったというのだから、

「典型的な末っ子なんです」

と、満面の笑顔で美味しそうにかき氷を食べる。

 

そして、幼い頃からお洒落が大好きだったという。

「母親の鏡台にあるメイク道具をいじっては、アイブロウペンシルをボキボキと折り、ビューラ―で瞼を挟んでトラウマになったこともありました」と、くったくなく笑う。

こりゃ、母親も怒れなかっただろうな。。

 

昔からニコニコして人懐っこいと言われてきたというが、それは今でも変わらない。きっと生まれ育った環境が彼女の根っこにある。しかし、意外にも今も昔もシャイだというから驚く。

「自分の意見を言うのが苦手で、言わなくても済むなら言わないでいたい。ただ、必要だと思う時には言ってしまう不器用な性格なんです」

 

と自らを分析する。その不器用さは、先々の仕事で彼女を追い込むことにもなった。

祖父の死が背中を押した

遊佐さんが小学1年の時、祖母が他界。

ショックから祖父は家にいる時間が長くなり、認知症に。

そんな中でも遊佐さんは中学時代、吹奏楽部で活発に過ごした。高校生になった時は、両親、兄姉が働く姿をずっと見てきたこともあり、「とにかく働きたかった」と、色々なアルバイトをした。

中でもサイフォンで珈琲を出すお店での接客が楽しかったという。人と関わる仕事が昔から好きだったのかもしれない。

 

進学を決める時期には、大学に行く理由が分からないと悩んだ。そんな時、祖父の存在が彼女を福祉の世界へと背中を押した。

祖父と接する中で、福祉の重要性について考えるようになっていたのだ。もともとお洒落にも興味があったので、当時、美容福祉学科があった山野美容芸術短期大学に進学した。

 

短大では、創業者である山野愛子さんの長男の方から聴いた話が印象的だったという。山野愛子さんが入院した時の話だ。

看護師さんには、患者を気持ちよく洗髪する技術がない。

美容師にお願いしたくても患者を安全に対応できない。

そこで「美容福祉」の発想が生まれたという内容だった。

美容師が患者の安全な身体の動かし方や車椅子の扱い方などを知れば、洗髪やカットができる。遊佐さんは祖父と重ね合わせ、美容福祉の考えに共感し感動した。

「祖父と重ね合わせることで、介護の勉強は頭に入りやすく、人権や尊厳などを考えることにもつながりました。まさに祖父の生き様そのものが、私の福祉の考えのベースになっています」

 

祖父は遊佐さんが入学直前に他界したため、福祉を学ぶ姿を見せることは出来なかったが、彼女の中に祖父は生き続けている。

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飽くなき向上心
オタクは最大の武器

無事、美容師と介護福祉士の国家資格を取得したが、さらに社会福祉専攻科に進学。

社会福祉士の国家資格取得には実習が必要で、担当者に同行する毎日。

自分が何気なく過ごしているこの社会は、知的障害はじめ、さまざまな障害を持った人にとって、とても生きにくい社会であることを実感。これまでの常識が覆ったという。

それからは、彼らが彼ららしく生きるために、自分に何が出来るか、気持ちに寄り添い考え続けた。

 

就職の際は、美容か福祉のどちらの道に進むか悩んだが、大手のビューティーサロンへの内定が決まった。

ところが、卒業直前、そのサロンが倒産。

「あの時、真剣に人生と向き合うことになりました」と、少し強い眼差しで、それからのことを話してくれた。

 

福祉に対する思いが変わらなかったこともあり、縁のあった社会福祉協議会に就職。

すでに学校で実習を終えていたので、すぐに社会福祉士の資格を取ることが出来た。

2年目には精神保健福祉士の資格も取得し、三大福祉士資格を網羅した。

自分が必要とされる場を求め、3年目、公務員試験に合格した後、退職。

それにしても、たった数年で国家資格を次々と取得し、公務員試験にも合格するとは、、、。

 

「私、オタクなんです」と笑う遊佐さん。

オタクは最大の魅力であり才能だ。

重すぎた5年

庁舎で社会福祉士職として働き出した。子供から高齢者までのさまざまな事案を扱い、介護保険の審査、障害者手帳の交付、虐待問題など、毎日いろいろな対応に追われた。

 

「自分の判断で、人生を変えてしまうことがあり、生死に関わるお仕事。だから、間違うことはできない」

と、毎日必死だった。そして、ボソリとこう続けた。

 

「私には、重すぎた5年でした」

 

ずっしりと響く声。役所を5年で退職した。

 

しかし、彼女はこう話す。

「前の職場も含め、誰かの人生に深く関わらせていただいたこの期間は、私にやりがいを与え、人として成長させてくれました。もし、今、私に深みみたいなものがあるとしたら、この経験があったからです。福祉のお仕事に就けたことに感謝しています」

 

彼女は、甘えん坊の末っ子じゃない。多くの人に愛されて育ってきたからこそ、多くの方の人生に愛を持って寄り添い、仕事に取り組むことができたのだ。

もともとの不器用さも、仕事では言葉にしなければならないことが多々あっただろう。

だからこそ、身体も心も限界だった。彼女は福祉の職務を全うし、次のステージへと進んだ。

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イチからスタート!

「『ありがとう』と素直に直接、言ってもらえるところへ」

と、退職後は、美容師の世界へ気持ちを向けた。

しかし、コロナ禍で美容院の不況と重なり、役所の嘱託職員として窓口業務を1年勤めることに。 

2年目もコロナはまだ続いていたが、美容師の求人サイトに登録。

そこで、新規事業として新たな展開を志す、ルナクレスタの高橋社長と出会ったのだ。

高橋社長から

「まだ分からないけど、訪問型美容も考えていて、新しいものをやっていきたい」

という気持ちを聞き、山野での美容福祉学科での気持ちが再燃。

 

約1カ月の研修期間は厳しいものだったが、何とか乗り越えた。

 

2021年8月入社、9月にはジュニアコンシェルジュ(研修生)として働き、11月からはコンシェルジュとしてデビュー。

そんな短期間で習得できる技術と知識なの?と思う方もあるだろう。

しかし、ルナクレスタの藤岡会長はこう語る。

「弊社は次世代まつげパーマに特化した専門店。習得するメニューを絞り、実践トレーニング施設K Y O J Oで、圧倒的な施術数をこなす事で、業界トップクラスの技術者を最短で育成するシステムを構築しています」

 

しっかりとした裏付けのある根拠により、美容師免許を持ったコンシェルジュたちが次々と育っていく。

基本を大事に
​引き出しを増やしていく

お店を訪ねた。

遊佐さんは常連のお客様とカウンセリング中だった。

iPadで今まで施術したお客様のまつ毛の写真と状況を丁寧に記載したページを見せた時、お客様が「わぁ♪こんなにしっかりと記録してくれてるんですね」と喜ばれた。

毎回、目元を撮影し、お客様ひとりひとりの状態を把握し、今日はどうするかを決めていく。

こちらのお客様とは終始、楽しくお喋りしながら施術が進んだが、次のお客様とは最小限の会話で施術する遊佐さん。

 

「お客様の温度感で対応を変えています。同じお客様でもその日の調子は違いますので、お客様の丁度良さそうなところを探りながら、お客様のチャンネルに合わせるようにしています」

 

相手の心に寄り添う接客と施術は、前職で培われたものだろう。それが、今、確実にここで彼女の強みとして発揮されていた。

 

技術面では、SNSで人気の施術者をチェックしたり、有名店にもお客さんとして通う遊佐さん。

入社当初は、ルナクレスタの「まつげを全く傷めない」という優位性を確認するため、わざわざ他社の「次世代まつげパーマ」のお店にも足を運んだという。

 

接客も技術も、お客様の要望に応えていく中で新たな課題を発見。

その課題を乗り越えるとまた次の課題がやってくる。

それを繰り返し彼女は成長を遂げていく。

 

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日々の施術の中で特に気をつけていることは「基本を忘れないこと」だという

 

知らないうちに自分の癖が出てくるので、入社時のコスメリフト基礎動画を定期的に見直したり、新人さんの研修に立ち会ったりすることで、いつも基本に立ち返るようにしている。

 

そして、日々努力を重ねる中で何よりも嬉しいのは、まつ毛や眉毛のイメージがお客様とバッチリあった瞬間。

 

お客様は自身がなりたいイメージを抱いて来店するのだが、それを言葉で正確に伝えることは難しい。

遊佐さんは寄り添いながら、お客様が伝えきれていないイメージを引き出し、理解し、それに対応していく。

頭の中のイメージが具現化された時、お客様の満足度はこの上ない。

さらに、「常連のお客様でも、デザイン変更を遠慮なく相談していただける関係性を大切にしています」と。

時には、相談だけではなく、遊佐さんから提案することもあるという。

 

そうすることで、お客様が新たな自分の魅力発見をするだけではなく、遊佐さん自身も新たな自分の引き出しを増やしていくことになるのだろう。

こうしてひとつずつ自分の引き出しを増やしていくのは、

「毎回、今回も来て良かったと思っていただけたら嬉しいから」

ただ、それだけだ。

前に進む姿は綺麗だ

まだ勤めて1年数か月だが、すでに後輩がどんどん入ってきている。新人さんたちは、美容師として前の店舗での良かった点などを提案してくれたり、気付いたことを率先してやってくれるという。

「だからこそ、私は新人さんたちが働きやすくなる為に、どうしたらいいか」

を考えるという。しかし、

「先輩だから相談にのる立場なのに、助けてもらってることが多いような気もします。。」

と、気まずそうに笑う。

 

だが、今、新人研修で業界の第一人者、佐藤先生に指導いただいているが、いつかは遊佐さん自身がその立場になれたらと、密かな目標も抱いている。

 

本当にいつか、自分が辿ってきた道をいかし形にしたい。

そう、美容と福祉の融合だ。

その道のりはかなり険しく厳しいかもしれない。

しかし、今も彼女は歩を一歩ずつ進めている。

 

まずは、

「心理学を学び、美の黄金比率などを知ることで、お客様により綺麗になっていただけるお手伝いができたら」

と、常に目の前に目標を掲げ、前を向く彼女は綺麗だった。

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​遊佐 尚代 Concierge
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​勤務拠点

​写真&文章 本堂亜紀( Director / Photographer / Personal trainer /Writer ) 連絡先:akihondo@jt7.so-net.ne.jp